2007年06月26日(火)
今年も、もう6月が終わろうとしているのに、やっとこさ僕の開幕戦が先週ありました、場所は大森中央公園の野球場で対戦は僕の所属チーム同士となりました。
試合の前々日に家の近所の公園でキャッチボールをして、ちょっと腰を痛めて(ぎっくり腰?)内心「どうせ雨で中止かナー」なんて思っていたら、試合当日は梅雨まっただ中にも限らずピーカンの快晴でした。覚悟を決めてグランドに行ってみると、なんだか体が動く動く、腰も肩も調子が良い、良い、ここ数年肩を壊して、2年ほど守っていなかったサードの守備に久々についてみました。1回表の守備からいきなりサードに打球が来る来るやたらに来る。なんだか打者がみんなサードを狙っているかのように錯覚してしまうほど、それでも何とか打球をさばいてファーストへ送球する。いけるいける肩の調子が良い。ちょっとエラーもしたけど一番気にしていた肩が何とかいける。調子良いナー気持ちいいナーってことで、打席でもみょーに調子が上がって久方ぶりの長打!やったー!(≧∀≦)ノ・・・・・・・・・・なーんて調子に乗っていたら8回表の守備あたりから、サードゴロ、1塁へ送球!暴投!「御免なさい!」またまたサードゴロ!1塁へ送球!暴投!「御免なさーい!!」(;´д` )・・・あれれ、なんだか肩が痛い、調子にのりすぎたー!これでまた肩壊してしまったら・・・気を付けないと・・・もうサードに打球がこないことを祈りつつ、試合は遂に最終回の9回裏、我がチームが2点差で負けています、僕の打順には回って来そうも無かったのでのんきに「今日は負けかナー」と思って見ていると、みんな次々塁に出て行く、あれ、あれれ、もしかして、もしかしてって、気づけば満塁、しかもツーアウト、しかも僕の打順、おーおーおーチョー緊張するー!小学5年生から少年野球を始め、野球歴28年間今までありそで無かったこのシチュエーション(って、ほんとに今まで無かったのか?あっても凡退して自己防衛機能が働き記憶から抹消されたかは定かではありませんがo( _ _ )o・・・)みんなの期待が背中に突き刺さります。ここは男なら、一発狙うしかありません!しかし、ピッチャーは僕が最も苦手とする社長(YAMAちゃんはもっと苦手だけど)。前の打席も打ち取られています。いつも低めに手を出してフライかゴロを打たされているのでとにかく高めだけを狙って、「高め高め」とつぶやきながら、
「一球目ピッチャー投げたー」
思わずバットが出そうな低め、なんとかぐっとこらえてバットを止める、ボール、低めは我慢我慢!
「2球目」
内角ギリギリににふわっとストライク!これは打てません!
「3球目」
これは高すぎと思ったら、すーっと落ちてきてど真ん中のストライク!
くやしー!「何をやってるんだ俺!高め高めと言っておきながら、いつもこれでやられてるー!この高めを狙わなきゃー」
「高め、高め・・・」
「4球目、ピッチャー投げた!」
「よっしゃー同じ高めだー!」
待って待って、すーと落ちてきたところを「打つべしー!」カキーン!
三遊間に良いあたり!
ショートが横っ飛びー!
が、グラブの先をかすめてレフト前ヒット!
2点タイムリー!同点!やったー!\\( ⌒▽⌒ )// バンザーイ
「こんな嬉しいことはない・・ララ・・(アムロっぽく)」28年間野球やってて良かった。こんな喜びを味わえるなんて!逆転満塁さよならホームランとはいきませんでしたが、僕はこれで大満足!
試合は結局延長10回裏満塁で我がチームJのポテンポテンのピッチャーゴロが相手チームのエラーを誘い、さよなら勝ちしました。
最終的には相手チームも自分のチームなので勝敗はどうでもよいとゆうか、勝ってもビミョーな気持ちなんですが、これだけ調子の良かった試合の次はなんだかへこみそうな試合が待っていそうで怖いです。
とにかく30'sのみんなー「やったねー!」
MCMのみんなー「今度は勝とうゼー!」
追伸、○○内さんの頭・・・なんか悪いことしたのかナー?
試合前から気になって・・・
2007年02月04日(日)
1月27日に名古屋初の阪神タイガースショップが開店しました、場所は名古屋市東区矢田南4丁目6番7号 シャンクレール1階で地下鉄名城線のナゴヤドーム前矢田駅を出てすぐのところです。中日の本拠地の目と鼻の先でタイガースショップを構えるなんて、球団の打倒中日の意気込みを感じます。阪神ファンの皆さん中日戦にはこのタイガースショップで応援グッズを揃えみんなで盛り上がりましょう。今年は優勝だー!
2007年01月27日(土)
オリンピックの野球が北京で終わってしまうのは(現状では)とても残念な事ですが、是非ともアジア予選を勝ち抜いて、オリンピックでは金メダルを奪取して欲しいです。
星野監督がどのような選手を選ぶのか、米大リーグの日本人選手が参加出来るのか、五輪期間中シーズン中断、球宴中止など気になる事はいっぱいありますが、とにかく日本のプロ野球の将来のためにも、子供達の夢のためにも是非頑張って頂きたいです。WBCの奇跡をもう一度!仙ちゃんの胴上げをもう一度!
2007年01月07日(日)
3年ぶりにゴルフしました。ブログのプロフィールの趣味欄にゴルフと書いているにもかかわらず、3年という月日をクラブすら握ることなく過ごし、ひいてはゴルフバッグの存在すら忘れかけていた今日この頃、高校の同級生に誘われラウンドする事になりました。年末年始の多忙のため練習すら出来ず。ゴルフバックを物置の奥から救出したのは前日の事でした。バッグはホコリまみれでしたが、クラブは錆もなく綺麗で3年前のままでした。あとゴルフシューズはと?・・・・?何処にしまったっけ?下駄箱にはない、物置もさんざん探して・・・ない、野球用品の中にまぎれこんでるか?・・・ない、もしや、あそこか・・・駐車場に行き車のトランク開けて荷物を掻き出すと、見覚えのあるシューズケースが・・・ああ、あって良かった。おまえ3年間もトランクに入ってたのか、ゴメンよ!
後は小物だ、グローブは何とか使える、ボールもOK、ピンもOK,後は何がいるかなー、そうそう、ウエアだ、ゴルフウエア何処だっけ、確か冬用のフリースのがあったんだよなーあれ何処だっけ?あれ、あれ、ない、ない、あ!そういえばフリマで売っちゃった?そうだ、そうだ、もう着ないと思って売ったんだ!ショックー!なんかないかナー、冬だし、岐阜県だし、寒いよなー、ダウンでも着てこかなー、でも、ダウン着てプレーしてる人なんて見たことないしなー。
あれこれ考えて、結局、買いに行きました。幸いショップはセール中で安かったので良かったですけど、フリマであれこれ売ってしまうのは「よくよく考えないといけない」教訓を追加しておきます。
セールで安く買えたので気分良くショップを出て車を出すと「ガガーガガガガガガー」なんか変な音が、車を降りて右フロントを見るとバンパーが無惨な事になってました。丁度死角に柱の出っ張りがあってそれにぶつけてしまいました。ショックです。折角セールで安く買えたのに結局高い買い物になってしまいました。年始そうそうついてないです。ああ、あのフリースさえ、フリマに出さなければこんなことに・・・_| ̄|○
当日、早起きして、スタートの1時間半程前にゴルフ場に着きました。本当は早すぎですが全く練習しないでティーグランドに立つのは怖いし、みんなに迷惑掛けそうなので、ちょっと練習しようと思ったからです。
チェックインすると受付の方が「お連れの方が1人、今今入りましたよ」って、誰かナーと思いつつロッカールームに行くと、そこには13年ぶりの旧友のチョイ薄おやじ姿が。
再会を喜びお互いの近況を話しながら練習場へと向かいました。
練習場に着くと、旧友が笑いながらゴルフシューズの裏を僕に見せて言いました。
旧友 「スパイクが全部取れちゃった」
僕 「えっ」
そういえばロッカーで会った時、話しながらシューズのスパイク付けてたなー、
僕 「さっき付けてたの?」 「あれ全部とれたの?」
旧友 「そう、ロッカーからここまでの歩いて来る間に」
僕 「 ・ ・ ・ 」 (-_-;
旧友の昔と変わらない○○っぷりに、なんだかホットして、
練習もほどほどに、ティーグランドに向かいました。
正月休みということもあって、かなり混んでるようで、スタートまでやラウンドの間もずいぶん待たされましたが、久々の友人達と話し込む事が出来て、僕としては丁度良かったです。
肝心のスコアの方は3年ぶりでどんな数字になるのか内心怖かったのですが、始めて見れば昔とほぼ同じようなスコアでまわれました。
さんざん練習してコースに出てた昔の自分がなんだか可愛そうに思えた1日でした。
おみやげありがとう!
2006年12月21日(木)
プロボクシングWBA世界ライトフライ級タイトルマッチ12回戦 亀田興毅VSファン・ランダエタ戦が20日、東京・有明コロシアムで行われ、8月2日の王座決定戦で微妙な判定勝ちにより起きたバッシングを物の見事に跳ね返し、亀田興毅は3−0の判定で快勝しました。
試合は危なげないチャンピオンボクシングでKOすらありませんでしたが、まさに圧勝といって良い初防衛戦でした。亀田興毅がこんなアウトボクシングスタイルで試合をしたのは始めて見ました。8月のタイトルマッチ以降、相当研究&練習をしたことでしょう。アウトボクシングをしっかり自分の物にした亀田興毅の今後がすごく楽しみです。
試合後は感極まって涙を見せていましたが、マスコミにもてはやされたり、パッシングを受けたり、二十歳の青年にとって我々が想像できないような、プレッシャーや憤りを感じていたと思います。そのパッシングを父亀田史郎さんが全て矢面に立って受け止めた家族愛が、今回の勝利をもたらしたのではないでしょうか。亀田興毅はそんな父親に涙して心の底から「有難う!」と言える立派な男だと感じました。
また、これでマスコミの扱いが一変することと思いますが、これは何かを極めようとする者の宿命、避けては通れない道、「この道のど真ん中を胸張って歩いたらええんや!」と史郎さんの声が聞こえて来そうです。